やまぴーってスポーツクラブ、通称スポクラが大好きじゃないですか。でもスポクラって基本的にジジババの施設なんですよ。
利用者の平均年齢は50歳だそうです。世間の想像より高くないですか? って言ってるやまぴーが40歳半ばですからね。
そりゃ若いヤツは自分の健康を気にしませんからスポクラなんて来ませんよ。加齢と共にタルんできた身体をヤバいと感じて通いだすのがスポクラです。段差もない場所で転ぶ自分に危機感を感じて通いはじめる場所です。
そんなスポクラですが、たまに20代の若い世代がいます。他にもっと若者向けの楽しい場所があるのに、どうしてデブと年寄りしかいない場所に来るのか不思議です。でもいます。
ってか余計なお世話ですね。若いうちから運動習慣があるなんて立派ですよ。
年寄りしかいないスポクラに、Z世代の若い女の子が現れるとジジイ会員は大喜びです。ジジイたちは嬉々として若い子に話しかけていきます。残り少ない余生で、若い子と話せるチャンスなんて限られてますから。
この前なんて、若い子ひとりの周りをジジイが3人で囲ってました。ドラクエのパーティーかよって感じです。でもジジイだから全員魔法使いかな。バランス悪いパーティーだな。
なんてジジイに上から目線のやまぴーも、若い子がいたら馬車から飛び出します。だって若い子と会話ができるチャンスですよ。残り少ない余生で、そんなチャンスがあと何回あるか。
普段のやまぴーが若い子と話すことなんて「検温と除菌のご協力をお願いします」か「レジ袋はご利用ですか」ぐらいしかないんですから。
やまぴーは若い子の気を引きたいのですが、残念ながら自分がイケメンでないことは学習済みです。財力がないことも学習済みです。残された手段として、スポクラ歴の長さを活かしてウンチクを語ります。
え? マンスプレイニングですって? 面倒くさいカタカナ言葉ばっかり増やしてんじゃないよ。
この日は、若い子に「身体を柔らかくする方法」として、ストレッチを紹介していました。ダンスレッスンによく参加していたので、ストレッチはたくさん知っています。
Z世代の子が「へー」と、珍しそうな顔で反応してくれます。ダンス習ってて良かったと思う瞬間です。
ストレッチを見せてZ世代から「物知りおじさん」の称号を得たやまぴー。調子がいいです。
この波に乗って、さらに若い子からの評価を上げたい。そう思ったやまぴーは、先ほどまでやっていた肩ストレッチを、片側だけして「ビートたけしのモノマネ」を披露しました。
松村邦洋をはじめ、ココリコ遠藤、劇団ひとり、爆笑太田と、数々の芸人のモノマネによりもはや伝統芸能の域に達したビートたけしの肩カク。メジャーながら破壊力もあるコスパ最強のモノマネです。
このモノマネを見た反応といえば、腹を抱えて笑うか、床を叩きながら笑うか、のどちらかしかありません。「オモシロおじさん」の称号までいただきです。
と、思っていたやまぴーですが、Z世代の反応は予想を裏切るものでした。
「はぁ?」
眉間にシワを寄せた彼女の表情は、どう見てもやまぴーに好印象を抱いているものではありませんでした。
駅前でキャッチに声を掛けられたような、オーダーミスで違う料理が届いたときのような、今にも舌打ちが聞こえてきそうな表情でした。
いま思い返せば、あそこで引き返すべきでした。Z世代は分かりやすいサインをくれていたのです。引き返せば、あとから挽回のチャンスもあったでしょう。
しかし、ビートたけしのモノマネがスベるなど考えられないやまぴーは、「たけしだと気づいてないだけ」と考え、さらに次の一手を打ちます。
こうしてやまぴーは回帰不能点(ポイント・オブ・ノー・リターン)に近づいていくのです。
「肩カクだけでは難しかったかな」と思ったやまぴーは、若い子が理解できるように声マネを入れることにしました。
「ファッ〇ンジャップくらい分かるよバカヤロー!」
日本のコメディアンを世界の巨匠に引き上げた名作『その男凶暴につき』の定番フレーズ。これを知らない日本人がいるでしょうか。
やまぴーが就職活動をしてた頃は、履歴書の語学欄に、英検やTOEICより上のセリフを書くのが常識でした。
映画では落ち着いたトーンですが、モノマネのときはテンション高めに言うのがポイントです。
しかし、やまぴーの言葉を聞いた若い子は、
「えっ?」
と困惑の表情を浮かべてました。先ほどより嫌悪感は薄れていますが、代わりに恐怖が浮かんでいます。
例えるなら、どこの国かも分からない外国語で一方的に話しかけられたときのような、同窓会に行ったつもりが元いじめられっ子の計画するデスゲームに強制参加させられたときのような、そんな表情です。
一体どういうことでしょう。近頃の若い子は「ファッ〇ンジャップ」という単語も知らないのでしょうか。この20年で日本の英語教育は衰退したのでしょうか。
わざわざ親指と人差指を立てて拳銃ポーズ(ガンフィンガー)までやったやまぴーの苦労はどうなるのでしょうか。
ここまでくると、さすがのやまぴーも「この子にたけしのモノマネは通じないのでは?」という疑念が頭をよぎります。
しかし、すでにふたつもモノマネを投下しておいて引き下がるワケにはいきません。いま降りたらすべてが水の泡になってしまいます。テーブルに積んだチップが無駄になります。
成功者とは、皆が引き返すなかでも己を信じて走り続けた者のことです。みたいなことを自己啓発本で読んだ気がします。
ここはオリずにむしろレイズです。カイジと同じ心理です。ビジネス風にいえばコンコルド効果です。
やまぴーはZ世代に向けて、3本目の矢を放ちます。
「ダンカン、バカ野郎!」
もはや日本国民には説明不要の定番フレーズ。「たけしがダメなら軍団を出せばいいじゃない」という、マリー・アントワネットの教えにも沿っています。
放送作家のダンカンがバカなわけありませんが、今はどうでもいいです。松村邦洋はこのモノマネを始める前に、ダンカン本人に許可取りをしたそうです。
そんな情熱大陸的なウラ話もあるモノマネに、Z世代も爆笑まちがいなし。ここから、井出らっきょ、つまみ枝豆、グレート義太夫、さらには水道橋博士まで、軍団つなぎで怒涛の巻き返しをお見舞いしてやれます。
「ダン…カン?」
Z世代の彼女からのひと言に、やまぴーの計画はあえなく撃沈。尻上がりのイントネーションは、間違いなく「誰それ?」の問いかけです。
クドカンと間違えたのかな。それとも同じ軍団のなべやかんとかな。やまぴーと同世代で明治大学に行った奴は、かならず「替え玉だろ?」とイジられたものでした。
というか、たけしが伝わらない相手に、なぜダンカンをぶつけたのか。やまぴーこそ何を間違えたのでしょう。ダウンタウンを知らない相手にリットン調査団をぶつけるようなものです。
ここまでのたけしフレーズが一切通じない。これはどういう事でしょうか。ひょっとして、この子は帰国子女なのでしょうか。しかし、帰国子女ならば「ファッ〇ンジャップ」は理解できるはず。謎は深まるばかりです。
モノマネをいったん止めて、やまぴーはZ世代に質問します。
「たっ、たけし軍団って知ってるかな?」
引きつった笑顔を浮かべながら、自分の半分くらいの年齢の相手に食い下がるやまぴー。スマホをいじるばかりで目も合わせてくれない女子グループに、必死に話題を振る男グループの幹事みたいです。
いま思い出すと、なんでこんな質問したのかもよく分かりません。それでも「スーパージョッキー見たことあるかな?」と聞かなかっただけマシだと思ってます。
もし「たけし軍団を知らない」と言われたら、ひょうきん族に舵を切り替えて「ホタテをなめるなよ」と言ったかもしれません。あるいは、元気が出るテレビに方向転換して「メロリンキュー」とか「どすこい同好会」とか言ったかもしれません。
あるいは、ビートたけしの中でもとっておきの最終兵器を出したかもしれません。股下から両手をV字に広げるアイツです。ルーマニアの体操選手から名付けられたアイツを。
しかし、Z世代の彼女から出た言葉は、やまぴーの予想の斜め上を行くものでした。
「たけし軍団って、所ジョージとか?」
この言葉を聞いたとき、やまぴーの脳内セコンドから白いタオルが投入されました。コマネチ選手は舞台に上がることなく引退です。
たけし軍団に所ジョージが入団している。それがZ世代の価値観です。「よく一緒にいるから」って理由らしいです。確かに「世界まる見え」とか「アンビリーバボー」とか一緒にいるね。
でも、その理屈なら楠田枝里子もたけし軍団ってことだよね。というか、一緒にいるのがたけし軍団なら、大竹まこともヒロミも安住アナもたけし軍団ってことになっちゃうよ。
たけし軍団のメンバーすごいな。まるで芸能界のアベンジャーズじゃん。世田谷ベースを拠点に活動してるのかな。
Z世代から白い目で見られたものの、「モノマネは相手の年代に合わせる」という大事なことを学べたやまぴー。もう二度と同じ轍は踏みません。次こそZ世代の爆笑をかっさらうネタを用意してやりますよ。
おっ、今日もスポクラに若い子の姿があるじゃないですか。ちょっくらリベンジに行ってきます。
「ぼくは死にましぇん!」